僕の家の近所には一軒のコンビニがある。
そこはいかにも、町のスーパーが時代の趨勢に押されて仕方なく始めた、といった風情の店だ。
数年前、僕はそこでバイトをしたことがあった。
その頃の僕は、ニートになって既に4,5年が経っていた。
ある朝、いつものように仕事に出かける父がこんなことを言った。
「俺はお前が今後生きていくだけのものを稼がないといけないから」
会話の細部はうろ覚えだけれど、今日も仕事に行くのかだとか、そんないらないことを僕が言ったのだと思う。
毎日毎日PCの前に座ってゲームばかりして、躁うつ病だから仕方ないじゃないかと開き直っていた僕も、さすがにその言葉にはくらった。
父にそこまでの覚悟をさせているのかと愕然とした。
とにかく何かして働かないと行けないと思って、家から一番近いコンビニにバイトを応募した。
面接は上手くいった。
中学高校と続けた剣道は、ある程度年齢が上の人には受けが良かったし、昔住んでいたところが近かったという話で盛り上がった。
すぐにそのコンビニで働くことになった。
一日4時間のコンビニアルバイト
結論から言えば、一ヶ月もせずにそのバイトを辞めることになる。
バイト時間は一日4時間だったが、1時間も集中力が続かなかった。
少しするとすぐに外にタバコを吸いに行く。
何かと理由を付けては息を抜こうとする。
例えばゴミを集積所に持っていく時でさえ、少し時間を掛けて引き伸ばして休もうとした。
おまけに仕事のやり方も下手だった。
仕事内容は、棚の整理や掃除をしながら、お客さんが来ればレジを打つこと。
棚を整理しているところにお客さんが来れば慌ててミスするし、列が出来れば焦って、さらにミスを重ねる。
そのうちにちょくちょく仕事を休むようになった。
また、ちょっと出てきては頭が痛いと言って早退した。
何度も早退や欠勤を繰り返しているうちに、店長から
「病気をちゃんと治してから働いたら?」と言われた。
病気を治して、と枕詞を付けてくれたのは店長の優しさだったと思う。
要するに僕はもう要らなかった。
いやきっと迷惑でさえあった。
それでも働きたいと言った僕に、
「でも、君が休む間の新しい人ももう雇ったから、シフトないよ」と店長は言った。
声を荒らげたり怒りを表に出したりしなかった店長は、ほんとうに出来た人だったんだろう。
それに誰かを怒ったりするのは体力や気力を消耗するし、自分だって嫌な気持ちになる。
僕にはそれをする程の価値もきっと無かった。
その後ほかのバイトをしても、同じようなことの繰り返しで、結局カムラックに出会うまで一日PCの前にいる生活に戻った。
そしてカムラックへ、どんな単純な作業であってもうれしかった
やがて、偶然カムラックのことを知り、働くことになった。
カムラックでの仕事は楽しかった。
それに丁度病気の治療が上手く行っている時だった。
PCに関わった仕事ができる事も嬉しかった。
ニートの間、肉体労働はやりたくなく、デスクワークに付けるような資格を持っている訳でもなく、いつの間にか年齢は30の半ばだ。
なんとなくいつも遊びで使っているPCを使った仕事がしたいと思っていたけれど、
技術も若さもない自分がいまさらそういった業界で働けるほど、世の中が簡単でないことくらいは分かっていた。
だから、どんな単純な作業であってもうれしくてしょうがなかった。
最初の半年、今月は一週間しか休まなかった、3日しか休まなかった、一日しか休まなかった、一ヶ月続いた、2ヶ月続いた、3ヶ月続いた、ようやく皆勤出来た・・・。
そんな風にかつての自分と比べて、出来るようになったことを指折り数えた。
昔みたいに誰かを貶したり悪く言ったりして、自分のプライドを保とうとしない自分がいることも嬉しかった。
でもだからこそ、そういった悪かったころの自分に怯えてもいた。
かつての自分と今の自分があまりにかけ離れているからこそ、簡単にそちらへ転落してしまうことが怖かった。
これからは積み重ねる日々
丁度一年が過ぎた頃、会社帰りに件のコンビニで買い物をした。
カムラックに勤めてから初めて、店長が店にいた。棚の整理をしている店長の側を、軽く頭を下げて通りすぎようとすると、声を掛けられた。
「痩せたんじゃないの? 今体重いくつ?」
99キロです、と答えた。
あの頃から26キロも減りました。
「見違えたね、やっぱり100キロ切ると違うね。調子いいの?」
はい、仕事も病気の治療も上手く行っていて。
「そう、努力したんだ」
いえ、僕が悪かったときに、我慢してくれた人たちのおかげですから。
ようやく言えたと思った。
それは店長だけじゃなく、僕の回りにいる全ての人への思いだった。
でもどこかでいつも、店長に聞いてもらいたかった気がする。
あれだけ迷惑を掛けた店長に、わざわざ言いに来ることは出来なかったけれど。
いろんな人のお陰だけで今ちゃんとなっているのに、まだまだ始めたばかりなのに、努力したと言ってくれたことが嬉しかった。
だから、ずっと思っていたことが口をついた。
もう、かつてと比べて出来るようになったことを数えるのはやめよう。
これからは積み重ねる日々で、それはこの一年よりずっと長く続けて行かなければいけない。
コンビニを出て交差点を曲がる。
好きなアーティストの曲の歌詞が浮かんだ。
角を曲がれば世界はもう新しい。
カムラックの Come Luck ラボ事業所では、障がい者の方がパソコンを活用し、ホームページ制作、コンピュータグラフィック、デザイン、データ入力、名刺作成、アプリケーションやソフトウェアの開発・動作確認等、パソコン軽作業から各種プログラム開発まで幅広いお仕事をしています。
あわせてカムラックは障がい者の働く環境の常識を変え、障がい者の新しい未来創りにチャレンジしています。
カムラックのホームページはコムログクラウドで作られています。
一般公開するまで無料で使えますので是非触ってみたください。
上記、移行支援バナーは、移行支援事業所の利用者が制作しました。