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ジャガイモについて

ジャガイモは、地下の茎の部分を食用にしています。
ジャガイモは、実はナス科の野菜です。ナス科ナス目になります。
カレー、ふかしイモ、サラダ等を始め、多種多様の料理に利用されております。
 
其の歴史は長く、紀元前7000年には南米・アンデス高原のインディオたちに知られていたと言われるそうです。
南アメリカのペルーとボリビア(チチカカ湖周辺)を中心に発達したインカ時代には、じゃがいもは存在していた様です。
 
ジャガイモの特徴に・・。
寒冷地にも強く、年に複数回の栽培が可能で、地中に作られることから鳥害にも影響されないジャガイモは庶民の食料として爆発的な普及をしました。
 
ジャガイモが日本に伝わったのは、江戸時代頃らしいです。
江戸後半の18世紀末頃には、北海道・東北地方で栽培されて
飢餓対策の為に栽培されていたそうです。
寒さ等の厳しい気候でも育つじゃがいもは、保存食として重要視されていました。
 
アイルランドでは、ジャガイモが疫病に掛かり、其れが収穫出来なくなり・・。
ジャガイモ大飢饉が発生しました。
当時の国民の間では、栽培し易いジャガイモは、重要視されていました。
其れが収穫出来なくなってしまったのには、庶民は大打撃を受けました。
 
ジャガイモをテーマにした絵にゴッホ様作の「じゃがいもを食べる人たち(1885年4月)」が有名です。
じゃがいもは19世紀以降の簡素な生活を
描写するのに用いられた題材でした。
 
ドイツでジャガイモが広まったのは1647年頃。フランケン地方のホーエンツォレン家が支配していたピルグラムスロイトという町が最初と言われています。
ホーエンツォレン家は、南ドイツのシュヴァーベン地方に発祥した
ヨーロッパの貴族、君主の家系であり、ルーマニア国王も出した一族だそうです。
当時のジャガイモは、観賞用として栽培されていました。
観賞用であったじゃがいもを食用として広めたのはフリードリッヒ大王を含むドイツ・プロイセンの大王達でした・・。
 
私がジャガイモ料理では、ポテトサラダとふかしイモが好きです。
其れを食べながら美味しさと歴史を感じる事も時々ありました。
 
 

 

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